今回は、すべての臨床検査技師が身につけておくべき土台となる知識、「臨床検査総論・管理運営」の分野について、過去の国家試験問題を通して解説していきます。
📝 引用元について
この記事で解説している国家試験の問題文は、厚生労働省のウェブサイトで公開されているものを、学習目的で引用しています。(医療トピックス一覧に国家試験過去問のリンクがあります)
この分野は、出題数こそ多くはありませんが、医療人としての安全性や倫理観、専門職としての役割を問う、非常に重要なテーマを含んでいます。この記事では、「安全管理・感染対策」と「医療制度・倫理・業務範囲」の2つの柱に分けて、ポイントを整理していきます。
安全管理・感染対策:自分と患者を守るための必須知識
臨床検査技師として働く上で、最も基本となるのが安全管理です。ここでは、感染症から自分と患者さんを守るための「標準予防策」や、医療廃棄物の正しい取り扱いなど、日々の業務に直結する知識が問われます。
標準予防策(スタンダードプリコーション)の基本原則
【第68回 午後 問2】標準予防策において感染性を考慮しない体液・分泌物はどれか。
- 1.汗
- 2.尿
- 3.髄液
- 4.精液
- 5.唾液
【第71回 午後 問10】標準予防策で感染性を考慮しないのはどれか。
- 1.汗
- 2.尿
- 3.髄液
- 4.精液
- 5.唾液
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【68回】正解:1
【71回】正解:1
これらの問題は、医療現場における感染対策の最も基本的な考え方である「標準予防策」の対象を正しく理解しているかを問うています。2つの年度で全く同じ問題が出題されていることからも、その重要性が分かります。
「感染症の有無に関わらず、
すべての人の湿性生体物質
は感染性があるものとして取り扱う」
これが大原則です。しかし、この原則にはたった一つだけ例外があります。
各選択肢の解説
体液・分泌物の感染リスク評価
| 体液・分泌物 | 標準予防策の対象か? | 主な感染リスク(なぜ対象/対象外なのか?) |
|---|---|---|
| 1.汗 | 対象外 | 感染性病原体を含むことが極めて稀なため。ただし、血液が混入している場合は対象となる。 |
| 2.尿 | 対象 | 尿路感染症の起炎菌(大腸菌など)や、B型肝炎ウイルスなどが含まれる可能性があるため。 |
| 3.髄液 | 対象 | 髄膜炎の起炎菌(肺炎球菌、髄膜炎菌など)が含まれる可能性があり、極めて感染リスクが高い検体のため。 |
| 4.精液 | 対象 | HIV、B型肝炎ウイルス、淋菌、クラミジアなど、多くの性感染症の病原体が含まれる可能性があるため。 |
| 5.唾液 | 対象 | 呼吸器系ウイルス(インフルエンザなど)や、ムンプスウイルス、EBウイルスなどが含まれる可能性があるため。 |
以上のことから、標準予防策の対象とならない唯一の例外である「1.汗」が正解となります。
感染経路別予防策の実践
【第67回 午前 問8】空気感染予防策を必要とするのはどれか。2つ選べ。
- 1.結核
- 2.水痘
- 3.風疹
- 4.百日咳
- 5.流行性耳下腺炎
【第69回 午前 問8】標準予防策に追加の感染予防策が必要な感染症はどれか。
- 1.梅毒
- 2.B型肝炎
- 3.C型肝炎
- 4.帯状疱疹
- 5.HIV感染症
【第71回 午後 問8】疾患と予防策の組合せで適切なのはどれか。
- 1.疥癬 – 患者の陰圧個室隔離
- 2.水痘 – 医療従事者のN95マスク着用
- 3.梅毒 – 医療従事者のフェイスシールド着用
- 4.肺結核 – 患者のカーテン隔離
- 5.マイコプラズマ肺炎 – 医療従事者のワクチン接種
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【67回】正解:1, 2
【69回】正解:4
【71回】正解:2
これらの問題は、すべての患者さんに適用される「標準予防策」に加えて、特定の感染症に対して必要となる「感染経路別予防策」の知識を聞いています。病原体の感染経路を正しく理解し、適切な予防策を選択する能力は、医療従事者として重要なものです。
感染経路別予防策は、病原体が広がるルートを遮断するための3つの戦略に分けられます。
① 空気感染対策:空気中を漂う小さな粒子を吸い込まないようにする
② 飛沫感染対策:咳やくしゃみのしぶきを吸い込まないようにする
③ 接触感染対策:病原体が付着したものに触れない・広げないようにする
感染経路別予防策 比較表
| 空気感染 | 飛沫感染 | 接触感染 | |
|---|---|---|---|
| 代表疾患 | 結核、麻疹、水痘 | インフルエンザ、風疹、百日咳、流行性耳下腺炎 | MRSA、疥癬、ノロウイルス |
| 個人防護具 | N95マスク | サージカルマスク | 手袋、ガウン |
| 病室管理 | 陰圧個室 | 個室 (またはカーテン隔離) | 個室 |
各問題の解説
【第67回 午前 問8】
上の表の通り、空気感染予防策が必要な疾患は「三大空気感染症」である「1.結核」と「2.水痘」です。3, 4, 5の疾患は飛沫感染が主な経路です。
【第69回 午前 問8】
この問題は、「標準予防策だけで対応できる疾患」と「追加策が必要な疾患」を区別する問題です。
- 4.帯状疱疹 → 正しい:原因ウイルスは水痘と同じVZVです。通常は発疹部分との接触で感染するため接触予防策が必要ですが、免疫不全者などでは全身にウイルスが広がり(播種性帯状疱疹)、空気感染を起こすリスクもあります。いずれにせよ、標準予防策への追加策が必要です。
- 1, 2, 3, 5 → 誤り:梅毒、B/C型肝炎、HIV感染症は、主に血液や体液を介して感染する血液媒介感染症です。これらは標準予防策を遵守することで感染リスクを管理できるため、特別な追加策は通常必要ありません。
【第71回 午後 問8】
これは、疾患と予防策の正しい組み合わせを選ぶ問題です。
- 2.水痘 – 医療従事者のN95マスク着用 → 正しい:水痘は空気感染するため、医療従事者はN95マスクを着用する必要があります。
- 1.疥癬 – 患者の陰圧個室隔離 → 誤り:疥癬は接触感染です。必要なのは接触予防策(手袋、ガウン)であり、空気感染対策である陰圧個室は不要です。
- 3.梅毒 – 医療従事者のフェイスシールド着用 → 誤り:梅毒は標準予防策で対応します。必ずしもフェイスシールドが必要なわけではありません。
- 4.肺結核 – 患者のカーテン隔離 → 誤り:肺結核は空気感染です。カーテン隔離では不十分で、陰圧個室への隔離が必須です。
- 5.マイコプラズマ肺炎 – 医療従事者のワクチン接種 → 誤り:マイコプラズマ肺炎は飛沫感染なので、サージカルマスク着用などが予防策となります。また、有効なワクチンは実用化されていません。
医療制度・倫理・業務範囲:プロとして働くためのルールブック
このセクションでは、臨床検査技師が専門職として社会の中で活動するための「ルール」に関する知識が問われます。医療費の仕組みから、法律で定められた業務範囲、そして職業人としての倫理観まで、幅広く学びます。
医療制度と関連用語
【第67回 午前 問1】検査や投薬の種類・量に関わらず、病気の種類と入院日数に応じて医療費が決められる診療報酬計算の方式を指す用語はどれか。
- 1.APACHE
- 2.DPC
- 3.GCP
- 4.SOP
- 5.TQC
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正解:2.DPC
しかし、それぞれの用語が「医療のどの場面で使われる言葉なのか」というカテゴリーで整理すれば、スッキリと理解できるはずです。
この問題は、医療費の計算方式について聞いています。
まず、選択肢の中で医療費の計算に関わる用語はどれかを考え、そこから問題文に合致するものを選ぶのが効率的です。
各選択肢のカテゴリー分類
略語のカテゴリー分け
| カテゴリー | 該当する用語 | 一言でいうと… |
|---|---|---|
| 💰 医療経済 | DPC | 入院費の計算ルール |
| 📊 臨床評価 | APACHE | 患者さんの重症度スコア |
| 💊 医薬品開発 | GCP | 「治験」のルールブック |
| 📋 業務・品質管理 | SOP, TQC | 作業マニュアルと品質向上の考え方 |
詳細な解説
各略語を詳細にみていきます。
2.DPC (Diagnosis Procedure Combination) → 正しい
これは「診断群分類包括評価」と訳され、まさに問題文が説明している通りの入院医療費の計算方式です。
病名(診断群分類)と診療内容に応じて、1日あたりの医療費が定額で決められています。これを包括評価方式と呼びます。
(⇔ 従来からの、実施した検査や投薬を一つひとつ足し算していく方式を出来高払い方式と呼びます)
1.APACHE (Acute Physiology and Chronic Health Evaluation) → 誤り
これは医療費の計算方式ではなく、ICU(集中治療室)に入室している患者さんの重症度を評価するためのスコアリングシステムです。「この患者さんはどれくらい危険な状態か」を客観的に示すためのもので、予後の予測などに使われます。
3.GCP (Good Clinical Practice) → 誤り
これは「医薬品の臨床試験の実施に関する基準」のことで、新しい薬や医療機器の有効性・安全性を確かめる「治験」を行う際の倫理的・科学的なルールを定めたものです。被験者の人権保護などが厳しく定められています。
4.SOP (Standard Operating Procedure) → 誤り
これは「標準作業手順書」のことで、私たち臨床検査技師にとって最も身近な言葉の一つです。特定の検査を「誰が・いつやっても同じ結果が得られる」ように、具体的な作業手順を定めたマニュアルのことです。
5.TQC (Total Quality Control) → 誤り
これは「総合的品質管理」と訳され、製造部門だけでなく、営業、企画、経理など、組織全体の全部署が協力して品質向上を目指す経営管理手法のことです。医療でいえば、検査室だけでなく、看護部や事務部なども含めた病院全体での品質改善活動にあたります。
臨床検査技師の倫理と業務
【第70回 午後 問5】病院内において不適切な行為はどれか。
- 1.診療放射線技師が腹部超音波検査を行った。
- 2.倫理委員会の承認を受けた研究に残余検体を使用した。
- 3.採血を行った際、患者の氏名に加えて生年月日を尋ねた。
- 4.ベッドサイド検査の際、患者確認のために患者情報をプリントアウトして持参した。
- 5.医師の電話指示により、臨床検査技師が医師名で電子カルテを開いて検査オーダーを入力した。
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正解:5
この問題の核心は、「医療安全」と「個人情報保護」、そして「法的責任」という3つの視点です。
それぞれの行為が、これらの原則に沿っているかどうかを判断することが求められます。
各選択肢の解説
5.医師の電話指示により、臨床検査技師が医師名で電子カルテを開いて検査オーダーを入力した。 → 不適切
これが正解(不適切な行為)です。電子カルテの操作は、すべて「誰が、いつ、何をしたか」というログ(記録)が残ります。たとえ医師の指示があったとしても、他人のIDとパスワードでログインし、その人になりすまして操作する行為は、医療安全上も、情報セキュリティ上も絶対にあってはなりません。
もしそのオーダーで医療過誤が起きた場合、責任の所在が不明確になり、法的な問題に発展する可能性があります。
ただし、代行入力という抜け道を用いれば検査オーダーの入力は大丈夫です。
1.診療放射線技師が腹部超音波検査を行った。 → 適切
超音波検査(エコー)は、「臨床検査技師等に関する法律」において、臨床検査技師と診療放射線技師、看護師などが実施できる生理学的検査として定められています。
2.倫理委員会の承認を受けた研究に残余検体を使用した。 → 適切
診断に用いた後の残った検体(残余検体)を医学研究に利用することは、医学の発展のために重要です。ただし、それには①施設内の倫理委員会の厳格な審査と承認を得ること、②個人情報が特定できないように完全に匿名化すること、という厳格なルールを守ることが絶対条件となります。
3.採血を行った際、患者の氏名に加えて生年月日を尋ねた。 → 適切
これは患者誤認を防ぐための、医療安全における基本中の基本です。同姓同名の患者さんがいる可能性は常にあります。そのため、氏名(フルネーム)だけでなく、生年月日やID番号など、2つ以上の指標で確認することが強く推奨されています。
4.ベッドサイド検査の際、患者確認のために患者情報をプリントアウトして持参した。 → 適切
ベッドサイドで検査を行う際など、電子カルテがその場にない状況では、患者確認のために一時的に情報を印刷して持参することは業務上必要な行為です。ただし、その紙を紛失したり、置き忘れたりすると重大な個人情報漏洩事故に繋がります。そのため、使用後は必ずシュレッダーで破棄するなど、厳重な管理が求められます。
【第71回 午後 問7】臨床検査の一次分類とそれに含まれる二次分類の組合せで正しいのはどれか。
- 1.生化学的検査 – 細胞性免疫検査
- 2.尿・糞便等一般検査 – 寄生虫検査
- 3.微生物学的検査 – 病原体核酸検査
- 4.病理学的検査 – 体細胞遺伝子検査
- 5.免疫学的検査 – 免疫組織化学検査
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正解:2
臨床検査の分類 イメージ図
臨床検査 (一次分類)
尿・糞便等一般検査
(二次分類)
尿検査, 便検査,
寄生虫検査…
微生物学的検査
(二次分類)
培養・同定検査,
薬剤感受性試験…
病理学的検査
(二次分類)
組織診, 細胞診,
免疫組織化学検査…
各選択肢の解説
2.尿・糞便等一般検査 – 寄生虫検査 → 正しい
これが正解です。「一般検査」という大きな枠(一次分類)の中に、尿検査、便検査、髄液検査、そして寄生虫検査(便中虫卵検査など)が含まれる(二次分類)という関係は、学問的にも、実際の検査室の部門分けとしても最も一般的です。
1.生化学的検査 – 細胞性免疫検査 → 誤り
細胞性免疫検査(T細胞の機能などを見る検査)は、「免疫学的検査」の分野に分類されます。「生化学的検査」は酵素や脂質などを測定する分野です。
3.微生物学的検査 – 病原体核酸検査 → 誤り
「病原体核酸検査(PCR法など)」は、確かに微生物検査室で行われることが多いですが、これは「遺伝子関連検査」という独立した大きな枠組みに属する手法です。
4.病理学的検査 – 体細胞遺伝子検査 → 誤り
体細胞遺伝子検査(がん細胞の遺伝子変異など)も、3と同様に「遺伝子関連検査」という独立した分野です。病理組織を材料にすることは多いですが、病理学的検査(組織の形を見る)そのものではありません。
5.免疫学的検査 – 免疫組織化学検査 → 誤り
免疫組織化学検査(IHC、免疫染色)は、抗体を使って組織内の特定のタンパク質を可視化する技術で、「病理学的検査」の特殊染色の一種として分類されます。「免疫学的検査」は主に血清中の抗原や抗体を測定します。
まとめ
お疲れ様でした!臨床検査総論・管理運営は、臨床検査技師が働く上での「土台」となる、非常に重要な分野です。
最後に、今日学んだ知識を「現場で使える鉄則(ルール)」として整理していきます。
【結論】臨床検査技師の3つの心得
「標準予防策」を基本に、「感染経路別予防策」を追加する
医療現場は常に感染のリスクと隣り合わせです。「汗を除くすべての湿性生体物質は感染源」という標準予防策を徹底し、さらに疾患に応じて空気・飛沫・接触の各予防策を正しく選択・実践する能力が求められます。
他人のIDでの電子カルテ操作は絶対禁止!
医療費の計算方式(DPCなど)を理解することは病院経営への貢献に繋がり、臨床検査技師の業務範囲や倫理規定を守ることは、自分自身と職業の信頼を守ることに繋がります。特に、電子カルテの不正使用や個人情報の取り扱いには、細心の注意が必要です。
各検査分野の「親子関係(一次・二次分類)」を整理する
臨床検査は、生化学、微生物学、病理学など、多くの専門分野から成り立っています。それぞれの分野がどのような検査を含んでいるのかを正しく理解することは、チーム医療の中で円滑に連携し、専門職としての役割を果たすための第一歩です。
信頼される臨床検査技師を目指して、これからも一緒に頑張っていきましょう!
